To write is to do

トッテナム ホットスパー (スパーズ)について語るブログ

「グローカル戦略」のスパーズ新スタジアム

f:id:ymtti:20190209191347p:plain

理想と現実の狭間で生まれるフラストレーション

なかなか完成しないスパーズの新スタジアム。それを象徴し、サポーターにとってトラウマとなっているこの画像。この画像がツイッターで流れてきたら何かを察しよう。

負債額の数字にばかり焦点が当たり、さらに補強0騒動も相まって、周りが補強してる中でそもそも何でスタジアムなんか建ててるんだ!という声まで(主に現地サポから)聞こえるようになっている。元々今シーズンから新スタを使う予定(新スタに合わせて大型補強を期待していたサポもいるかもしれない)だったので、サポのフラストレーションには納得がいく。しかし我々サポが工事を早められる訳ではないのもまた事実。

ただ待つだけではサポの精神衛生に良くないので、「スタジアム建設により何を達成したいのか」という点を今回復習したい。別に借金で自らを苦しめるためにスタジアム建ててるわけではないんだぞ。

もちろん席数の増加による収入増→大型補強!という点は言わずもがな。しかしファイナンス関係については得られる情報も自分の知識も十分でないため、脚注に入れることにした。*1

 詳しい方にはCharlesのブログやクラブからのfinancial statementを読んでもらって、意見を聞かせて頂きたいところ。

 

グローカル戦略の新スタジアム

 今回のコラムでは「グローカル戦略」という視点から新スタ計画を考える。グローカルという単語は見てのとおり「ローカル」と「グローバル」という単語を組み合わせた単語。文脈によって定義がぶれることがあるが、本稿では「地域に密着しながらグローバルな展開を目指す戦略」という感じで捉える。

「ローカル」ートッテナム地区の再開発

ボリスタでのSJさんのコラムにもあったように、新スタ計画はロンドンで最も治安が悪いと言われるトッテナム地域の再開発という側面が大きい。

そもそもトッテナム地区の将来を変革する「ノーザンバーランド再開発計画 (Northumberland Development Project, NDP)」 の中心となるのが新スタである、という位置付けなのだ。前回のブログでスパーズ経営戦略の「長期志向」について触れたが、都市開発は性質上(超)長期計画にならざるを得ないので、NDPも今後20年のための計画とされている。

NDPに含まれる計画は

  • 新スタ
  • メガストア
  • Tottenham experience(ミュージアム)
  • Lilywhite House(クラブ本部)
  • ホテル
  • 住宅
  • ヘルスセンター
  • 教育施設(初等、中等)

さらには最寄り駅を含めた周辺地域の再開発も行われており、10,000戸の新住居と5,000人分の雇用が地域にもたらされる試算となっている。

この中で地域開発にとってに最も重要なものは1)雇用創出 2)手頃な価格の住居の提供 3)と教育機関の充実だ。

雇用創出が重要であることは言うまでもない。失業は人を犯罪に走らせることで治安を悪化させ、失業手当等公共福祉に負担をかける、さらにホームレスの増加は公衆衛生の悪化に繋がるだろう。

欧州の大都市では移動の自由化や移民難民の急流入等により、家賃の上昇が大きな問題となっており、手頃な価格の住居の提供は急務となっている。

教育は少年少女を時間的に拘束することで犯罪への入口を制限出来るし、上手くいけば親世代の貧困から脱出する可能性もある。(当初案ではカレッジだったが、London Academy of Excellence Tottenhamという中等教育機関(日本でいう高校くらい?)が設立されている。)

治安が改善し、妥当な価格の住居があり、教育の質が高い、となれば他地域からの人口流入を見込む事が出来る。人口が増えれば税収が増加し公共サービスの量と質が改善、さらに近隣に店が出来ればさらに雇用が増える。

本当にうまくいくのか?と絵に描いた餅のような話に思えるが、何もしなければこのサイクルを逆方向に突っ走ることになってしまう。(失業率の増加→治安悪化→人口流出→税収低下→公共サービスの質量低下、以下繰り返し)この地獄の様な))方向に進むことを考えれば、トッテナム地区はNDPを成功に導くという方向で一枚岩になるしかないだろう。

 

まあこれだけ地域のためにやってるんだから、スパーズがロンドン市にちゃんと仕事しろと怒るのも無理はないと思う。

 

なぜここまでして地域開発に力を入れるのか。それはやはり、クラブを盛り上げるにはローカルファンの力が必要不可欠だから。後述するグローバル展開によって海外サポの数を増やしても、スタジアムが閑古鳥状態、もしくはお通夜状態では新スタを要塞化することは出来ない。

ポチェッティーノは15-16シーズンの最終戦ニューカッスルに1-5で惨敗した後、選手の感情、メンタル面に重きを置くようになったそうだ。目指すのはPL内だとアンフィールド、欧州内だとドルトムントヴェストファーレンシュタディオン。両スタジアムの設計だけではなく、90分間選手を強力に鼓舞し続けるファンの雰囲気も参考にされているそうだ。

もう一点強調したいのはローカルタレントの発掘。ケインやウィンクスもロンドン出身ではあるが、長らくトップチームでの練習に加わっているGKホワイトマンやU-18DFボウデン等、トッテナム地区出身の選手がリクルートされている点に注目したい。特にフォルムが契約切れで、来季第3GKの役が回ってくる可能性もあるホワイトマンの今後は要チェック。

「He's one of our own」チャントが似合うローカルタレントがトップチームで活躍することになれば、ローカルサポはチームにより強く感情移入出来るだろう。確かに大金を投じてチームを強化すれば新規のサポを獲得することが出来るかもしれない。しかし毎週末、アウェーも含めてスタジアムに赴き、大声で選手を鼓舞するサポーターを獲得するにはそれ以上の「何か」が必要ではないか。チームのスタイルや哲学等、中身は十人十色だろうが、大事なことはクラブや選手に共感、感情移入出来るかどうであり、スパーズの場合はローカルタレントやアカデミー上がりの選手がチームを支えている点を誇りに思うサポーターが多いのではないかと思う。

長くなってしまったが端的にまとめると、

  • トッテナム地区の再開発
  • ローカルサポとクラブの繋がりの強化

の2点が地域密着のためのローカル戦略の柱であると思う。

 「グローバル」ーNFLとCL

NDPにはホテルやクライミング等のアクティビティ施設が含まれているが、これらは地元住民向けのものとは考えにくい。NFLや音楽イベントの開催も予定されており、ロンドンという地の利を最大限に活かして観光やイベント産業を興そうというのもNDPの重要な要素の一つだ。観光産業は地域の資産を活かして外国人観光客を誘致するという、元々グローカルな性質があり、NDPに含まれているのも納得である。

トッテナムというフットボールクラブを中心に据え、グローバルに展開出来る周辺産業も興していこうというのが、グローバル戦略の柱になる。

 

スパーズというクラブの新規ファン獲得にしろ、観光産業を興すにしろ、誰をターゲットにするのかという話になるのが自然な流れ。

グローバル展開の際に最も重視している市場は北米市場。前回のコラムで米国人選手の獲得について書いたが、実際のところ米国人を取ったからスパーズを応援しよう!となるかどうかは未知数だ。その上「米国では5番目のスポーツであるサッカーが好きだが、そこまで入れ込んでいるクラブはなく、米国人選手のいるチームを中心に追っている」という層はターゲットとして狭すぎる。よってNFL開催を通じて、1億人を超えるNFLファンの米国人にスパーズの存在を刷り込む、というのが今後の展開になる。存在を刷り込む(who are you?)という課題をクリアしたのちに待ち受けるのは、存在意義(what are you?)を明らかにしなければならないという課題だ。これはローカル戦略で書いたのと同じ、クラブ哲学やスタイルといったものが当てはまるだろう。スパーズは既に一手先まで手を売っているということだ。

  

もちろん哲学やスタイルも重要だが、glory hunterと呼ばれるミーハーなファンが多いのも事実。肝心のフットボールの内容や成績がイマイチであれば、ファンベースの拡大は困難だろう。ポチェが優先事項はPLとCLだと繰り返し言っているのは、財政的な理由はもちろん、CLでの活躍を通してスパーズのパブリックイメージを変える、新規サポを獲得するという点を重視している部分もあると思う。

 

ちなみにアジア市場に関しては、ソンフンミンがいるにも関わらず韓国向けのSNS発信をしていないという点は大問題だ。そもそもスパーズは他クラブと比較してSNS活用が遅れているという指摘もあるようで*2、スタジアム完成後は韓国・アジアを中心としたSNSマーケティングの強化が急務である。

 

まとめ

今回は「グローカル戦略」という枠組みで新スタジアムについて考えてみた。

ロンドンという巨大都市を本拠地としながら、地域密着を信条とするスパーズ。もしオリンピックスタジアムに移転してたらトッテナム地区はどうなっていたのか?と疑問が浮かぶほどスパーズはトッテナム地区の再開発に力を入れている。

そしてトッテナム地区の財産であるフットボールクラブを中心とし、NFLや音楽等の大規模イベント開催、観光、健康増進と周辺産業を集め、行政や教育機関とも協力して地域の再開発をする、というのが「グローカル戦略」の正体である。*3

*1:ファイナンスに詳しい Charlesがどんぶり勘定をしたところ、ローンは25年返済と仮定すると£50m/y弱になるらしい。新スタのマッチデー収入がどれくらいになるか。やや古いが、2017年時点では、60m程度の増収を想定している。またNFL開催による収入は約15m/y、ネーミングライツも第3者による計算だと約15m/yで、袖スポンサーは約5m/y程の価値。さらにPLとCLからの収入も毎年急成長してるため、「借金返済で首が回らないので主力を毎年放出する」というレベルにまで苦しむことはないと思う。かといって一人の選手に70mとか使うのはリスクが高すぎるので、まあないだろう。Brexitに被ったのは最悪だったが、放映権バブルの恩恵に与れるのはラッキー。CLからの分配金も急増しているため、特にネーミングライツ等が決まるまでの間はCLに出続けることが非常に重要になる。

Spurs stadium finance update — more borrowing, more revenue, more Nike

Can Spurs compete financially? An analysis of Tottenham's present and future financial situation - Cartilage Free Captain

*2:I.Cohen, "Social Media and Marketing: The Evolution of Tottenham Hotspur Football Club", 2015.誰かライセンスある人は読んでみてください。

*3:これはマイケル・ポーター産業クラスター論の応用だと思う。